母 メンタルクリニックの受診
昨日は母がメンタルクリニックの診察を受けました。
往診のお医者さんです。
もうほとんど外出することもなくなり準備をしてもらうのも大変なので、往診は本当に助かります。
お医者さんと相談員さん、薬局の担当者がお見えになりました。
来ていただいたものの、こちらも何から話して良いのかわかりません。
ひとまずこれまでの経緯を話したところ、相談員さんから母に質問がありました。
「今日は何年何月何日ですか?」
これ、母のとても苦手な質問です。気持ちはわたしもよくわかります。毎日日付を意識して生活しているわけではありませんし、何年かなんてもっと気にしていません。ですが健常者であれば、ふとカレンダーを見たり、さっとスマホを見たり、日付を確認する術を取るのですよね。この質問って意味あるのかな?とずっと思っていましたが、そういうときの反応を見ているのだということがわかりました。
大体でいいですよ、と言われて母から出た回答は「6月か7月くらい」とのことで、そこまで季節感がなくなっていたのかと驚きました。
介護保険の認定調査の際や、こういった受信の際、そのほか来客の際は普段よりもしっかりする認知症患者が多いと聞きます。母もそのタイプで話しぶりなどはシャキッとしていました。ですが話している内容がもうボロボロ。認知症か老化による物忘れなのか区別がつかないという段階はもうとっくに過ぎているのだなと思いました。
今後は介護施設入居を想定して進めていく予定ですが、介護認定がおりるまでは、訪問看護師さんたちの力を借りて見守りを強化していくことになりました。
名フィル 子どもコンサート
先日は家族で名フィル主催の子ども名曲コンサートに行きました。
5歳〜入場可能とのことで、次女は併設の託児ルームへ。まだ生後数ヶ月のころに歌舞伎座隣の託児所に預けたこともあるのですが、感情表現が豊かになってから他所様の手に委ねるのは初めてでしたのでこちらが緊張しました。
そしてわたしたちはひさしぶりの3人でコンサートに。長女は6歳までひとりっ子でしたので、3人でお出かけしていたころの記憶も残っているようです。懐かしく感じてくれていたらうれしいなと思います。
コンサートのテーマは行進曲。
国も時代もシチュエーションもさまざまな行進曲が演奏されるという楽しい企画でした。わたしは音楽は詳しくないのですが、夫と娘は色々聴きますし演奏もするので興味深かったことと思います。同じヴァイオリンでもそれぞれ違った演奏スタイルなのが面白かったです。
演奏後は子ども記者会見というのもあり、子どもたちが演奏者の方々に思い思い質問をしていました。指揮者を目指しているというお子様が意外にも多くて驚きました。
次女はというと、託児ルームでたくましく楽しんでいたそうです。泣くこともなく、おままごとのおもちゃで遊んだりシール貼りをしてみたり、ずっと遊んでくれるナニーさんがいて、帰宅してからもご機嫌でした。家でももっと遊んであげなければ…と気持ちを新たにしました。
父の認知症 1
わたしの父の認知症について記録しておきます。
親御さんが認知症かもしれない、認知症だったら今後どうしようと考えている方々に、少しでも参考になればと思います。
ちなみに父は昨年の秋に82歳で他界しました。老衰です。
父が認知症であるとわたしが確信したのは2023年8月、父が81歳でのときです。
コロナ禍だったりわたしが次女を妊娠していたり、先日書いたような家族間の折り合いなども相まって、あまりゆっくり帰省しない年月が続いていました。
といっても連絡はそこそこ取っていました。電話ですとかメールで話す機会は少なくなかったと思います。
以前より、母からは「最近パパはおかしい」とよく聞いていました。もう80代ですから以前より元気がなくなったり、多少物忘れがあることは仕方ないと思って聞き流していました。
実際、父の物忘れはそれほど酷くありませんでした。父は歴史が好きで、以前はテレビを観ながら歴史について饒舌に話していました。そういう面がだんだんなくなり、歴史について質問しても「忘れた」と答えることが増えていました。一方で日常生活に支障のあるような物忘れはなく、買い物もきちんとできましたし身の回りのことも問題なくできていました。なので母の言う「パパはおかしい」は、年齢のせいだろうと思って看過していました。
ですが父自身はもっと前(3年ほど前?)から自分の物忘れや抑うつ状態を自覚し、かかりつけ医に相談していたようです。そこからメンタルクリニックの紹介を受け、自力で通院していました。そのメンタルクリニックは電車でのアクセスがあまり良くないため、おそらく車で通っていたものと思います。
クリニックでは認知症と診断され、メマンチンを処方されていました。わたしはそのことを長らく知りませんでした。
わたしが父の状態を知ったときにはすでに、さっき病院に行ったことを忘れているという状態でした。わたしが帰省したときにちょうど通院から戻った、というときがあったのですが、どこに何をしに行ったのか見当もつかないと言っていました。処方箋のみ持ち帰り薬を受け取っていなかったので、わたしがその場で近隣の薬局に在庫を確認して受け取りに行きました。
さらに、薬を飲む段になっても飲み方がわからないのです。これは高齢者によくある話のようですが、薬の袋に名前と日付、朝食後に1錠、夕食後に1錠と書いてあっても意味が理解できない様子でした。
それどころか、なぜこんなところに自分の名前が書いてあるのか?医者が勝手に薬を増やしよった!と不満そうでした。
このやりとりは帰省している数日間ずっと続きました。
母と夫
昨日1日実家で過ごし、母はやはり一人暮らしは難しそうだと思いました。食事も身の回りのことも、まったくできないかというとそうでもありません。ですがサポートがないとどうしようとなくなる様子が見て取れます。日がな一日寝るか食べるかしかしておらず、それはそれで良いとも思うのですが…。
一番気になったのはやはり排泄面です。父も長らく認知症で自宅で過ごしていましたが排泄の問題はありませんでした。(父の経過はまた詳しく書こうと思います。)
母の場合は認知症云々というよりも、女性にありがちの尿漏れが加齢とともにさらに酷くなっている様子でした。それは仕方ないことなのですが、問題は尿漏れで汚した衣類の洗濯が間に合っていないことです。
汚した衣類は自分で予洗いをして洗濯機に入れる準備をし、着替えることもできます。しかしながら洗濯するのを忘れたり、洗濯の途中で放置して干すのを忘れてしまうため、着る服がなくなっているのです。
「お母さんがズボンを履いていないのですが…」という話は地域包括センターの方やご近所の方から聞いていました。尿漏れが多いという話も本人から聞いており、女性ですのでそれくらいはありますから、おおよそ洗濯が間に合っていないのだろうということは想像していました。
そうだとして、洗濯が間に合わないのにも程がありますし、履くものがなくなっているのにもかかわらず洗濯を忘れるというところに問題があると思いました。
認知症かどうかは別として、こういった身の回りのことが間に合っていないということがよくわかったので、やはり介護認定を受けてある程度のサポートが得られる状態が必要だと思いました。
さてタイトルの話ですが、わたしの夫と母はいまひとつ折り合いがよくありません。どちらが悪いわけでもなく、合わないとしか言いようがありません。母は色々と気を遣うタイプであるもののいつもかなりピントがズレています。わたしも含めてそこにカチンとくることが多く、結婚前に夫や夫の両親とわたしの両親とが会う際にもそれが心配でした。
夫は面と向かって不満を言ったり喧嘩をしたりというタイプではないのでなんとなくうまくいってはいたものの、たまに帰省に付き合ってもらうと機嫌を損ねているのは明らかでした。
このところは父が他界してバタバタしていたこともあり、また母が認知症気味なこともわかっていたので比較的穏便だったのですが、今回はうまくいきませんでした。
母はもう料理はできませんしわたしも大変だからということで、夫が夕飯を準備してくれていたときです。母は昔からそうなのですが、他の人が料理をしているときはなんとなく居心地が悪いらしく、台所で他の用事をし始めます。調理中のゴミを片付けたり汚れを掃除したり、手助けできることを探したり…という感じです。こう書くと良いことのようなのですが、実際に料理をしている立場からすると調理しているそばからゴミを処理されたりというのはあまり気分が良くありません。汚されて迷惑だと思われているようにも感じますし、監視されている気分になります。そもそも料理をしている隣で生ゴミの処理をされるというのも、衛生的にも良くありません。
夫としては自分が料理をしている隣で誰かが掃除をし続けるというのは普通の状態ではないため、しばらくは待っていたようです。ですがいつまで経っても終わらないためしびれを切らしてしまいました。
掃除が終わらないみたいだから今日はもうやめておくて、と言って部屋に籠もってしまいました。翌日は実家の電球を取り替えたりしてくれたのですが、母に対しては口をきかないまま。必要な時以外は部屋にこもったままでした。
正直なところ、料理をするならするで最後までするべきですし、半分認知症みたいな人を相手にそのような態度を取っても虚しいだけだと思うのです。
料理をしている隣で作業をされることはわたしも以前から嫌だったので、夫の気持ちもわからなくはありません。ですがそもそも他人の家の台所を借りているわけですし、思い通りにいかないことのほうが多いのは当然だとも思います。わたしだって夫の実家の台所を使うときは気を遣っています。
思うところは多々あるのですが…それを言っても仕方がないので今回は飲み込むことにしました。わたしがこれから一緒に生きていく家族は母ではなく夫と娘たちだからです。今後できるだけ、夫と母との無用の接触は控えたいと強く思った出来事でした。
母の様子
昨日の夕方、実家にたどり着きました。
母はまだ認知症と診断されたわけではありませんが、物忘れはとても多いです。昨年の六月に病院に掛かって認知症検査をしたのですが、MRI検査で見られる脳の萎縮もなく問診でも問題なしということで、認知症とは診断されませんでした。
わたしが今回訪ねてくることも何度も伝えましたし、到着する一時間前にも電話で伝えましたがもちろん忘れています。
冷蔵庫がほとんど空なのでわたしがネットスーパーで食料を注文して届けてもらっていますが、自分が必要と思うもの以外は行方不明になっています。人にあげてしまっているのか?自分で食べているのかもしれませんが、そうであればかなりの量を食べています。わたしが用意した夕飯の後にも手当たり次第にいろいろ食べている様子ですし、食べ尽くしていても不思議ではありません。
ですが普通に会話しているかぎりはわりと普通で部屋も綺麗です。
正直なところ、物忘れが多いのも食べ尽くすのも母のもともとの性格に由来しているようにも思います。一人暮らしになったらこんなものかなあ、というところです。
ですがまわりから見ると認知症としか判断できないような行動ばかりなのが悩ましいところです。認知症でなくとも一人暮らしが成り立たない老人はたくさんいると思います。それならそれで、自分の満足のできる生活さえできていれば干渉される筋合いはないのかもしれません。
今後の母の生活をどうするか。悩みは尽きません。
三が日 その2
本日で義実家への帰省は終わり、わたしの実家へと向かいます。
実はこちらのほうが気が重い。
わたしと両親との仲は決して悪くありません。ですがいろいろと口うるさいところもあり、めんどくさいなというのが正直なところ。一般的な面倒くささだとは思います。
しかし父の認知症が悪化してからは気の重さの質が変わりました。父の具合もさることながら、それに引き摺られるように母の認知機能も低下していったためです。
父が施設に入居している間は母も落ち着いていました。昨秋、父が他界し、それにともなってまた母の認知機能にはガタがきています。今回の帰省はそれにどう対応するかの見極めもしないといけません。
父の死後の後処理も終わっていない中で母の今後のことも考えなければならない。よくある話ではありますが、やはり気が重いです。